Scientists

教授

中村 岳史なかむら たけし

生命情報システム部門
神経科学

研究テーマ

  • 軸索伸長・ガイダンスを制御するシグナル伝達機構の解析
  • 神経細胞における小胞輸送制御機構の解析
  • 次世代FRETイメージングシステムの開発

経歴

1986年東京大学理学部卒。1991年同大学院修了、理学博士取得(和田昭允教授)。武田薬品工業、住友電気工業、CREST研究員(「脳を守る」)を経て、2003年大阪大学微生物病研究所講師(松田道行教授)。2006年京都大学大学院医学研究科講師(2007年同学大学院生命科学研究科に所属変更)。2010年本学生命科学研究所生命情報科学研究部門教授。

高度な情報処理システムである脳は、ひとつひとつの神経細胞を機能単位とし、複雑であるが秩序だった神経回路網の上に成り立っています。脳神経系の機能発現は、多種多様な神経細胞の正確な位置への配置と神経細胞間のネットワーク形成によって実現されます。当研究室では、その複雑な時空間的制御の中で、神経突起(軸索)のターゲットへ向かう成長に焦点をあてて研究を行っています。軸索の成長は、「成長円錐という運動性に富む構造体がシグナル伝達系を用いて細胞骨格の再編と膜の付加を行なう」出来事であると見ることができます。そこに登場する主要なシグナル分子の活性を生きた細胞で可視化できるFRETイメージング技術を駆使することで、そのシグナル伝達制御の時空間的な実体を詳細に見てとるとともに、統計解析や数理モデル構築と組み合わせることで軸索成長制御の基本原理を解き明かすことを目指しています。また、当研究室のコア技術であるFRETイメージングを神経科学研究にさらに広く展開するために、神経伝達物質の輸送とシナプスでの授受、また蛋白質の品質管理を中心とした神経細胞の恒常性の維持という新分野へ踏み出しています。

神経突起伸展・成長円錐ガイダンスを制御するシグナル伝達機構の解析

FRETイメージング技術を使ってこの問題に取り組むことを計画した時に、「神経突起伸展シグナルの最小基本要素は何か?」「それはどうやって実現されているのか?」という素朴な疑問から出発しようと考えました。そこで実際にとったのは、異なる刺激(NGFとdbcAMP)による神経突起伸展の系でシグナル伝達経路を比べてみるという単純な方法です。その方針で10年余り研究を続けています。その解析から得た現在の作業仮説は「最小基本要素(のひとつ)は神経突起先端部でのRac1とCdc42の局所的な活性化である」というものです。ただし、その局所活性化がどのように実現されているかは系により大きく異なります。NGF刺激の場合、先端部でポジティブフィードバックループ(PI3キナーゼ、Vav2/3、Rac1とCdc42からなる)とPIP3を代謝するSHIP2を含むネガティブフィードバックループがNGF依存的に回り続けることが局所活性化の実体です。この場合、Rac1とCdc42は先端部で頻繁に活性化・不活性化を繰り返し、突起も伸長と退縮を繰り返します(J. Biol. Chem. 2004; Mol. Biol. Cell 2005; J. Cell Biol. 2007)。これに対しdbcAMPによるRac1の局所的な活性化は、PKAの突起先端部での活性化→STEFリン酸化→Rac1活性化という経路で起こります。またこの場合、Rac1(とCdc42)の局所活性化は持続的であり、突起も比較的単調に伸長します(Mol. Biol. Cell 2011)。これらの知見は、神経突起伸展制御においては比較的少数の基本要素が必要であり、それを様々なやり方で実現することで多様性を実現しているという基本原理の存在を示唆しています。

神経突起伸展の実体は、細胞骨格の再編成と小胞輸送による膜の付加です。前者を制御するRhoファミリーG蛋白質の制御機構の理解は近年急速に進んでいます。一方で、後者の中心的制御因子であるRabファミリーG蛋白質が、外部刺激に応答するシグナル経路と膜輸送機能をどう結びつけているかについては未知の部分がまだ沢山あります。そこでFRETイメージングによる局所活性の可視化には膜輸送研究の新局面を切り開く力があると考え、2つのキーテクノロジーを開発しました。まず、従来のFRETセンサーの構造を根本から見直して、「Rab分子センサーの基本デザイン」を確立しました。それにより、膜の取込みに関わるRab5のセンサーを作製し、アポトーシス細胞が貪食される過程での活性変化を可視化しました(Nature 2008)。

また、膜融合の研究に特に有用な「全反射蛍光顕微鏡を使った高速FRETイメージング法」を世界で初めて報告し、開口放出に関わるG蛋白質TC10の不活性化が膜融合の0.2秒以前に起きていることを突き止めました(Dev Cell 2006)。これらの成果を活用して、Rabファミリーのうち、神経突起伸展に必要なメンバーのFRETセンサーを新たに作製し、成長円錐の伸展過程でそれらキー分子の活性動態を可視化して、活性制御と機能発現のメカニズムを明らかにするプロジェクトを進めています。

神経細胞の機能と恒常性を支える膜輸送の制御機構の解析

神経伝達物質の輸送とシナプスでの授受、また蛋白質の品質管理を中心とした神経細胞の恒常性の維持において、膜輸送は大きな役割を果たしています。これまでの研究により膜輸送に関わる分子群の同定は大きく進みましたが、それらが細胞内でどのような動的ネットワークを作っているのか、そのネットワークがどのように制御されているのかについては多くの部分が未知のままです。膜輸送のキー分子の活性変化をFRETイメージングで可視化することにより、その問題に挑むプロジェクトを進めています。

次世代FRETイメージングシステムの開発

当研究室のコア技術としてのFRETイメージングをさらに発展させ、他のプロジェクトを効率よく進めるために、汎用的なin vivo FRETイメージングシステムの開発を目指して2つの要素技術開発を進めています。

実績

日本語の総説
  • 安田さや香、中村岳史: 化学とゲノム医学、化学と教育 61巻3号 (2013).
  • 中村岳史、北野正寛、中矢道雄、長田重一、松田道行: 貪食過程における低分子量G蛋白質Rac1とRab5の活性変化 蛋白質核酸酵素 Vol.54: p1114-p1118 (2009)
  • 中村岳史、北野正寛、青木一洋、松田道行: FRETプローブによる細胞内シグナル伝達のリアルタイムイメージング 実験医学 Vol.26: p2692-p2698 (2008)
  • 中村岳史、青木一洋、松田道行: FRETイメージングとシミュレーションによる神経突起伸展シグナルの解析 実験医学 Vol.25: p1676-p1683 (2007)
論文
  • Morishita S, Wada N, Fukuda M, and Nakamura T: Rab5 activation on macropinosomes requires ALS2, and its subsequent inactivation through ALS2 detachment requires active Rab7. FEBS Lett. 593, 230-241 (2019)
  • Koinuma S, Takeuchi K, Wada N, and Nakamura T: cAMP-induced activation of protein kinase A and p190B RhoGAP mediates down-regulation of plasmalemmal TC10 GTPase activity and neurite outgrowth. Genes Cells. 22, 953-967 (2017)
  • Yasuda S, Morishita S, Fujita A, Nanao T, Wada N, Waguri S, Schiavo G, Fukuda M, and Nakamura T: Mon1-Ccz1 activates Rab7 only on late endosome and dissociates from lysosome in mammalian cells. J. Cell Sci. 129, 329-340 (2016)
  • Fujita, A., Koinuma, S., Yasuda, S., Nagai, H., Kamiguchi, H., Wada, N., and Nakamura, T. GTP hydrolysis of TC10 promotes neurite outgrowth through exocytic fusion of Rab11- and L1-containing vesicles by releasing exocyst component Exo70. PLoS One, PLoS One 8, e79689 (2013).
  • Nakamura, T., Yasuda, S., Nagai, H., Koinuma, S., Morishita, S., Goto, A., Kinashi, T., and Wada, N. Longest neurite-specific activation of Rap1B in hippocampal neurons contributes to polarity formation through RalA and Nore1A in addition to PI3-kinase. Genes Cells 18, 1020-1031 (2013)
  • Nagai, H., Yasuda, S., Ohba, Y., Fukuda, M, and Nakamura, T. All members of the EPI64 subfamily of TBC/RabGAPs also have GAP activities toward Ras. J. Biochem. 153, 283-288 (2013).
  • Goto A, Hoshino M, Matsuda M, Nakamura, T: Phosphorylation of STEF by protein kinase A is critical for Rac1 activation and neurite outgrowth in dbcAMP-treated PC12D cells. Mol. Biol. Cell 22, 1780-1790 (2011).
  • Kiyokawa E, Aoki K, Nakamura T, Matsuda M: Spatiotemporal regulation of small GTPases as revealed by genetically encoded probes based on Forster resonance energy transfer (FRET): implications for signaling and pharmacology. Ann. Rev. Pharm. 51, 337-358. (2010).
  • Nakamura T, Matsuda M: in vivo imaging of signal transduction cascades with probes based on Forster Resonance Energy Transfer. in Current Protocols in Cell Biology. John Wiley & Sons, Hoboken Chapter 14, Unit 14.10. (2009).
  • Nakamura T, Aoki K, Matsuda M: FRET imaging and in silico simulation: analysis of the signaling network of nerve growth factor-induced neuritogenesis. Brain Cell Biol. 36, 19-30. (2008).
  • Kitano M, Nakaya M, Nakamura T, Nagata S, Matsuda M: Imaging of Rab5 activity identifies essential regulators for phagosome maturation. Nature 453, 241-245 (2008).
  • Aoki K, Nakamura T, Inoue T, Meyer T, Matsuda M: An essential role for the SHIP2-dependent negative feedback loop in neuritogenesis of nerve growth factor-stimulated PC12 cells. J. Cell Biol. 177, 817-827 (2007).
  • Kawase K, Nakamura T, Takaya A, Aoki K, Namikawa K, Kiyama K, Inagaki S, Takemoto H, Saltiel AS, Matsuda M : GTP hydrolysis by the Rho-family GTPase TC10 promotes exocytic vesicle fusion. Dev. Cell 11, 411-421 (2006).
  • Nakamura T, Kurokawa K, Kiyokawa E, Matsuda M: Analysis of the spatio-temporal regulation of Rho GTPases using Raichu probes. Methods Enzymol. 406, 315-332 (2006).